【熊本・肥後象嵌体験】布目象嵌の工程とスペインの象嵌・ダマスキナードとの遭遇

本でその存在を知ってから、ずっと気になっていた「肥後象嵌(ひごぞうがん)」。

刀の鍔(つば)を彩ってきた金属工芸の技術を体験するため、熊本を訪れました。

肥後象嵌は、鉄の地金に細かな刻み目(布目)を刻み、そこに純金や純銀の箔・線を打ち込んで定着させる「布目象嵌(ぬのめぞうがん)」という技法です。

漆黒の鉄地に金銀が凛と浮かび上がる美しさに、以前から興味を持っていました。

今回は、熊本県伝統工芸館での作家さんとの出会いと、翌日に「きのアート工房」さんで実際に体験した制作プロセスの模様をお届けします。

1. 熊本県伝統工芸館へ|スペインの「ダマスキナード」との出会い

まずは熊本城のすぐ隣にある「熊本県伝統工芸館」へ足を運びました。館内には伝統工芸士による肥後象嵌の作品をはじめ、い草製品や陶芸など、熊本が誇る手仕事が並んでいます。

訪れたシルバーウィーク期間中は、スペインの象嵌技法「ダマスキナード(Damasquinado)」と肥後象嵌を融合させた作品展が開催されており、出展されていた作家の伊藤恵美子さんから直接お話を伺う貴重な機会に恵まれました。個展にはスペイン風の鳥の図柄から、日本的なモチーフ、繊細なものから大胆なデザインの中にひねりが効いた、おしゃれなアクセサリーなどたくさんの作品がありました。

武具から生まれた二つの象嵌と、風土が生んだ違い

以前お土産でいただいた指輪に、黒地に金で鳥が描かれたものがあり気に入っていたものが、「肥後象嵌にも似ているな」と思っていました。スペインのダマスキナードは布目象嵌ではなく、線を掘る象嵌だと思うのですが、細かな図柄が全面に入る華美なものが多く、現在は現地でアクセサリーなどお土産物で売られているようです。

  • 共通点:どちらも発祥は「戦いのための武具(甲冑や刀の鍔)への装飾」
  • 大きな違い:乾燥したヨーロッパと異なり、湿潤な日本では独自のさび止めを施さないと鉄がすぐに錆びてしまうこと

日本の肥後象嵌は、何度も工程を重ねて意図的に錆を出して酸化皮膜を作り、錆を止めて黒く仕上げます。湿気の多い日本で鉄を美しく保つための「錆止め」を兼ねた色上げ加工がされていることが大きな違いでした。布目象嵌を知れば知るほど、気の遠くなるような手間と工程でした。金属の性質と風土が結びついたお話も熊本まで足を運んだ甲斐がありました。

2. いざ体験!「きのアート工房」さんでの制作レポート

翌日、いよいよ予約していた「きのアート工房」さんへ伺いました。

体験できるのは、鉄地にタガネで溝を彫る「布目切り」と、銀箔を打ち込んで定着させる「象嵌」の工程です。

ステップ1:タガネでの布目切り(練習台)

まずは鉄の大きな板を使い、布目切りの練習からスタートします。

約8ミリ幅ほどの専用タガネを使い、地金に対して「縦・横・斜め」の4方向から均一に細かな刻みを入れていきます。表面をまるで剣山のような細かなトゲトゲの状態に起こす作業です。

4方向から順番に布目切りをします
ステップ2:モチーフ選びとヤニ台への固定

ペンダントトップ用の地金の形状と、銀箔のモチーフ(うさぎ、亀、しずくなど)を選びます。今回は「楕円の鉄地」に「金魚」を合わせることにしました。

絵を描かれていた先生ということもあり、型から手作りされたという繊細で美しいモチーフばかりです。

選んだ鉄地を「ヤニ台」に固定します。

※ヤニ台とは:松ヤニに地の粉などを配合した固定台。火で温めると柔らかくなり、冷めると固まって金属をしっかりホールドします。(以前、大阪の彫金工具店で材料を揃えようとした際、「自宅で配合するのは煙と匂いで大変だから」と止められた思い出が蘇りました)。

表面を紙やすりで整え、ヤニの粉が乗らないよう細心の注意を払ってセットします。

ステップ3:本番の布目切りと銀箔の打ち込み

練習台と違って本番の地金にはカーブがあるため、タガネの刃先が均等に当たらず隙間ができます。先生に足りない部分を補正していただきながら、無事に4方向の布目を刻み終えました。

  1. 位置決めと仮留め:布目地の上に金魚型の銀箔を慎重に乗せ、「鹿の角」を当てて打ち込みます。
  2. 本打ち:小さな金槌でさらに叩き込み、鉄の細かい布目の隙間に銀をしっかりと食い込ませて定着させます。
ステップ4:布目消し(余白を潰す)

銀箔がしっかりと定着したら、モチーフ以外の余白部分に残っている布目を、磨き棒のような金属工具でゴリゴリと押し潰していきます。

銀箔のキワまで丁寧に消していくのですが、指先にかなり強い力が必要で、一番の力仕事でした。

3. 体験を終えて|完成品は1ヶ月後の楽しみに

ここで体験時間2時間が過ぎ、作業は終了です。

残りの細かな布目消し、そして黒く染め上げる「錆出し・錆止め工程(色上げ)」は先生にお任せし、仕上げていただいた完成品が約1ヶ月後に自宅へ届く予定です。

普段から彫金教室で作業をしていることもあり、タガネを打って進めたり銀箔を叩き込む感覚は比較的スムーズに掴めましたが、鉄という硬い素材に布目を立てて異種金属を噛み合わせる象嵌技術は、普段のシルバーや真鍮の加工とはまた違った面白さと難しさがありました。金槌やタガネも今まで使っていたものとは違い、興味深かったです。

何度も肥後象嵌体験の受講をされる方もいらっしゃるそうで、私もまた体験に行きたいです。

中部国際空港セントレアから1時間半で熊本へ行きました。バスや市電、シェアサイクルが充実していてスムーズに観光できました。初めて訪れる場所は何もかもが興味深いので、熊本の美味しい食事とともに、楽しい工芸体験の旅となりました。暑すぎて屋外の観光地の熊本城と水前寺成趣園は今回はパスしましたが、次回は阿蘇山も含めてまた訪れたいと思います。

手元に完成したペンダントが届いたら、また改めてその仕上がりをレポートしたいと思います。